《50》

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 織田軍が、崩れたところから陣形を建て直そうとしている。 確か、浅井軍の磯野員昌(カズマサ)に散々打ち崩されたのだ。 それでも潰走とならないのは、浅井軍の倍からなる織田軍の兵数によるものだろう。 信長が討たれさえしなければ織田軍の負けはないのだ。  遠目に見れば一気呵成だった浅井軍だが、徳川軍が近づくと明らかに勢いが弱まった。 織田軍を押し込めるように前進していた浅井軍が横の動きを始めたのだ。明らかに前後からの挟撃を嫌がっている。  潮が引くように、浅井軍がいくさ場を離脱していった。 浅井長政の判断なのか、参謀のような男がいてそいつの判断なのかはわからないが、退却という選択は正しいと忠勝は思った。 数で劣り、腹背を取られれば浅井軍に勝機はもう無い。長く、いくさ場に留まれば全滅するだけだ。  家康が信長に近づいてゆく。忠勝は家康の右斜め後ろについた。康政は家康の左だ。忠勝と康政の背後からは忠次がついてきている。  いくさ場に転がる屍体の数は織田軍の方が多いように見える。 あと少し、徳川軍の到着が遅れれば織田信長の首が飛ぶという事態も充二分にあり得たのかもしれない。  信長の傍まで来て、忠勝は馬から降りた。信長への敬意ではない。家康が下馬したのでそれに倣ったのだ。 康政と忠次も同じだろう。我々は織田軍の一部ではない。同盟相手なのだ。 「朝倉は強かったか」 信長が言った。信長の甲冑は所々崩れていて、両肩から出血している。総大将のこの姿が、苦戦を雄弁に語っていた。 「こやつらの奮戦もあり、なんとか勝ちきる事ができました」 忠勝たちを一瞥し、家康が言った。 「で、あるか」 口許だけで笑い、信長が言う。
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