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確かに忠勝の体は腹にも背にも一切の傷がない。これが見事な事であるという自覚はあまりなかった。傷はある意味、いくさ人の勲章であるという気もする。ただ、不覚はとりたくない、と忠勝はいつも思っていた。
湯から出ている忠真の両肩に大きな傷痕が見えた。自分も長くいくさ場に立ち続ければ、あんな傷を負う日がやってくるのだろうか。
忠勝は岩に立て掛けてある蜻蛉切の穂先を見上げた。冷たい月の光りが蜻蛉切を照らしている。
次第に身が冷えてきたので、忠勝は改めて湯に入った。
「兄上はお前がこれほどの武士になると予想していたかな」
「父上ですか」
「わしは時々、悔しさで歯軋りしてしまう。兄上に本多忠勝を見せてやれない事がただただ悔しい。兄上は死ぬのが早すぎたのう」
忠真はじっと星を見上げている。どの星かを、忠勝の父、本多忠髙だと思い定めて喋っているのかもしれない。
「父上はいつでも見守ってくれていると思いますよ。憶えている筈のない父上の顔が時々俺の頭に思い浮かんだりしますから。あと、不思議ですが、祖父(ジイ)様の顔も思い浮かぶ事があるのです」
「そうか」
星を見上げたまま呟き、忠真が微笑んだ。
「父上も兄上も忠勝の傍に居るのだな」
「きっとそうです」
「父上も兄上も、武士はこうぞと体現するような雄々しい最期だった。わしもあんな風に死んでいきたいものだ」
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