《51》

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 何度も足をもつれさせ、義昭は逃げていた。山のように巨大な信長が後ろから追いかけてくるのだ。 前につんのめり、義昭は転んだ。義昭の襟首を信長の手が掴み上げる。 信長は顔だけでも義昭の体の倍はあった。 “私が持っているものすべてお前にやる、信長。だから” “で、あるか” 地鳴りのように大きな声が義昭の脳しょうを揺らす。義昭は身をよじった。山のように巨大な信長に襟首を掴み上げられているのだ。宙で足が揺れるだけで、どうにもならなかった。 信長が大口を開けた。 “やめてくれ、信長。私は征夷大将軍の地位もお前に譲る。信長殿、信長様。私は貴方の一配下でよい。だから、だから命だけは”  信長が義昭の体を口に放り込んだ。信長の歯が義昭の全身を噛み砕く。悲鳴も出なかった。ただ、恐ろしさだけが義昭の心を支配していた。  義昭は茵(シトネ)の中で飛び起きた。部屋の中は闇である。まだ、夜のようだ。 「またか」 掠れた声で呟いた。信長が浅井朝倉の挟撃を切り抜け、岐阜に帰還したとの報告を受けた日を境にし、3日に1度、義昭は同じ夢を見るようになった。頭から水を被ったように義昭の全身は濡れていた。体だけではない。足の間に水溜まりができている。下着に不快感があった。小便を漏らしていた。巨大な信長の夢を見た時は毎度だ。 義昭は呻いた。 「くそ、信長め」  義昭は鈴を鳴らした。襖が開き、従者が入ってくる。従者は心得たもので、新しい茵を敷き、替えの下着を畳に置き、何も言わずに出ていった。
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