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第二章 膨らむ蕾は春の訪れ 〈2000年3月〉
また来てる‥‥‥
誰がということもなく、そんな声が聞こえるようになった。
初めて会った日の翌日から、俺は真莉絵のライブに通い詰めている。
真莉絵の顔をしっかり見たかったから、当然グラサンはかけない。
だから、常連のファンたちに、見咎められるようになるのは当然だった。
でも、あの日以来、真莉絵に直接声をかけたことはなかった。自分をアピールすることもなく、ただ、歌を聴くために通った。
いや違う。真莉絵と同じ空間に存在していたかったのだ。
気づけば、卒業式も終わり、4月クールの放送にもかかわらず、前倒しで撮影が始まっていた連ドラもすでに撮り終え、俺は高校入学までの短い春休みを、真莉絵の追っかけに費やしていた。
それこそ、仕事がない日は何を置いても駆けつけ、ほぼ定位置、真莉絵がピアノに座って歌うやや左後ろの場所に陣取っていた。
なぜその場所かって?
反対側に立つと、向き合う形になって目が合ってしまう。真莉絵は俺の顔を見ると笑ってくれたが、それよりも彼女の演奏の邪魔をしたくなかった。
歌っている間中、顔を見つめていたいから左斜め後ろがベストポジションなんだ。
そこから見る真莉絵の横顔が、一番好きだった。
その位置からだと、ピアノを弾く手元もよく見える。華奢な指先から放たれる、感情の波が透明な音のカプセルとなって、歌声に絡みつき弾けて行く様は、まるで極彩色のアニメーションをライブで見ているように立体的で、俺の脳は真莉絵が放つ熱量に、毎回爆発寸前だった。
ほんとうに、空間を埋め尽くす真莉絵の音が俺には可視たのだ。
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