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晴はどうにもならないのに携帯を振って部屋の中を動き回っていた。声を上げてももうメールは相手に届いている。返事は電話で直ぐに来た。画面には登録してあった睦月の番号が並んでいた。深呼吸をしてから晴は通話をオンにした。
「はい、もしもし」
『今良いか?』
「……うん」
『今から行っても良いか?』
晴は部屋の中で直立不動だった。聞こえてきた言葉に自分の耳を疑った。
「えっ!い、今から?」
『そうだ』
「……いいけど、明日も店があるから遅くまでは付き合えないよ?」
『分かった。今からそっちに向かう』
「わかっ、え、もう切れてるし」
晴は携帯を見つめて笑ってしまった。その時、晴の心は決まっていた。いや、心のどこかで会う事を望んでいたのかもしれない。それからの晴は服を着替えたり、軽食を取ったりしながらソワソワした思いで、いつもなら電気を落としているカフェの電気を再び入れて待っていた。施錠を外し睦月の到着を待つと、カウベルを鳴らして入って来た睦月に晴は見とれてしまった。
そこには革ジャンを格好良く着こなす睦月がいた。凜とした姿は昨日の悪戯っ子の表情をしていた姿とは別人のようだった。
「い、いらっしゃい」
挙動不審の晴がいる。目のやり場に困りサイフォンをいじり始めてしまった。
「どうした?」
「あ、いや、そうだコーヒー飲む?」
「あぁ」
その返事を受けて晴はコーヒーを入れ始めたが、カウンターに腰を下ろした睦月の視線が痛かった。
(何か話さなきゃ~。間が持たない)
「今日の仕事は?」
「終わったから連絡を入れた」
「っ!そっか、でもビックリしたよ連絡くれて」
「都合、悪かったか?」
「そ、そんなこと無いよ」
そんな会話を繰り返しているうちに、良い香りを立てたコーヒーが出来上がった。今日の中で一番の出来だった。
「どうぞ」
「ありがとう、旨いな。これは甘いものが欲しくなるな」
「えっ、じゃあ、食べる?」
「あるのか?」
「うん、今日の残り物で悪いけど、それで良いなら」
「それでいい、そのケーキを頼む」
晴はカウンターを離れ、冷蔵庫に入れてあるケーキを取りにいった。今日、残っていたのはベイクドチーズケーキとフルーツタルトだ。2つをそれぞれお皿に入れて睦月の前へと出した。
「どっちが良い?」
「どっちも」
「えっ!どっちもなの?」
「あぁ」
「ならどうぞ」
手を止めて晴を待っていた睦月はベイクドチーズケーキから先に手をつけ、それはほんの3口で平らげた。
「コーヒーのおかわり貰えるか?」
「もちろん」
その食べっぷりは晴を喜ばせた。製菓の専門学校に通った晴にとってはケーキも自慢の1つだった。
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