第2章

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 コーヒーを受け取り、ニコリと笑う睦月の顔は昨日見た表情に少し似ていた。晴はドキドキする鼓動が睦月まで聞こえてしまいそうで小さな深呼吸を繰り返していた。  ケーキ2つと、コーヒーを2杯を飲み終えた睦月は満足の吐息をこぼしていた。その姿は孤高の虎がまるで寛いでいるかのように晴の目には見えた。その満足してくれた姿を見られただけで晴には満面の笑みが浮かんでいた。 「意外だね。睦月も甘いものが好きなんだね」 「まぁな」 「じゃあさ、僕が作る新作ケーキの試食してくれない?」 「良いぞ」  思いつきの言葉に真剣な言葉で返してきた睦月に晴の方が驚いてしまう。クリスマスの新作の事は頭にあったが時期的にまだ早い、それ以外に新作ケーキ作りの機会をもらえた事になる。 「え、本当に?」 「俺は出来ない約束はしない」  そう言い切る睦月は、年下なのに晴にはない大人の色気を醸し出していた。強い眼差しで晴を見つめる睦月に、心臓はドキドキしっぱなしだった。  その日から晴の頭の中はケーキの事で一杯になった。精一杯の力で製菓の短大で学んで得た知識を、フルに活用した新たなメニューを作るべくケーキ作りを重ねた。 「マスター、随分と新作ケーキに熱を入れているんですね」  お店でのお客さんの流れが切れた時、ここ最近晴がサービスで常連に出しているケーキを一番楽しみにしている雫は晴の前で瞳を輝かせていた。 「うん。雫くん、今凄く作りたい気分なんだ」 「そうなんですね。僕、完成をとても楽しみにしているんです」    カウンターにいる晴の前を陣取り、好きなものを語る時にだけ見せる満面の笑みでトレイを抱きしめている姿を見て、晴は優しく微笑んだ。 「ありがとう、何にするか楽しみにしててね。それまでは内緒だよ」 「えっ!今まで食べたケーキは試作じゃないんですか?」 「あぁ、それは僕の腕試しの為に作ってきたケーキだからね」 「うわ~。ますます楽しみです」  雫の笑みにも力を貰った晴は、睦月に最高の瞬間を味わってもらうために気持ちを新たにしていた。  雫と話した時から1週間後の金曜日、納得のいくケーキが出来た晴はその夜に睦月来てもらうために出来上がったケーキを前にメールを睦月に送った。自信に満ちた笑顔が零れる。 ー今夜、新作ケーキを食べに来ない?  晴は睦月からメールが来たあの日から携帯を持ち歩くようになっていた。  その日1日ソワソワして何度も確認をした返事は、カフェが終わる時間になっても帰って来ることはなかった。  お店が終わり雫も帰った晴は、電気を最小限に抑えたカフェのカウンターに座り携帯とにらめっこしていた。 (そういえば僕って睦月の事ほとんど知らないよな~)  カウンターに頬杖を突いてため息が零れた。 (なんだか始まりがいきなり濃厚だったからか、凄く知ってる気になっていたな)  晴は睦月があの広い部屋に1人で住んでいること、年齢が32才だということ以外知らない。今さらながらに驚愕していた。同じくらい自分の事を話していない事も。  今までの晴は簡単に人を信用せず、距離を取ってだんだんと近づき仲を深めて行くのが晴の人との付き合い方だった。一夜限りの相手は別として。 (これはゲイをカミングアウトして初めて出来た知り合いだからかな~) 「ふぅ~、来ない返事を待つって光輝以来かも……」  知らず知らず独り言が零れる。自分で言っておいて、苦笑いが浮かんだ。  12年という時が流れたのにその時に感じた感覚は晴の中から消える事はない。その場所に引き戻されてしまう感覚があるのだ。だからといって光輝に気持ちがまだ残っていると言うわけではない、晴にとって光輝はすでに過去の人だった。  
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