第2章

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「お待たせ……」  振り返りラグまで行くと、うたた寝する睦月がいた。 (どうしよう、寝ちゃった。……可愛いかも、寝顔)  いつもの精悍さが嘘のように和らいだ寝顔だった。初めて見られた寝顔に晴の頬に笑みが浮かんだ。その姿に睦月が心を許してくれているようで嬉しくなった。 「睦月?」  そんな睦月は少し声をかけると一瞬で目を覚ました。 (もったいなかったかなぁ~) 「すまない、寝てた」 「大丈夫だよ。疲れてるんでしょ?食べられる?」 「もちろん」  ローテーブルに紅茶を運び、冷やしておいた洋梨のコンポートのタルトを睦月の前で切り分けた。赤ワインで煮たコンポートの色、艶は、晴から見て完璧だった。 「はい、どうぞ。自信作だよ」 「いただきます」  やっぱり睦月の一口は大きかった。ゆっくり咀嚼し、味わって飲み込んだ睦月はフォークを持つその手を止めて晴に視線を合わせてきた。 「旨いな、それに綺麗だ」 「ホントに?」 「あぁ、これはなんの果物だ?」 「洋梨だよ、赤ワインで煮込んだんだ」 「中のクリームとも合ってて良いな。俺は好きだ」  睦月は晴の欲しい言葉ばかりくれる。そして───好きの言葉。 (なに、このドキドキ。胸が苦しい) 「ホントに?」  晴は震えそうになる声を抑えて問いかけた。 「あぁ、ほら」  晴の前に睦月がタルトを一口小さめに分けて、フォークを差しだした。 「な、なに?」 「ほら、あーん」  初めての経験に晴の胸は高鳴り、頬は染まった。目の前のフォークから口に入れたタルトの味は自分が知っているよりも美味しく感じた。 「美味しい、さすが僕!」  あまりの恥ずかしさに晴はおどけるしかなかった。それを見た睦月の顔にも笑顔が浮かんでいた。 「あぁ、最高だ」 (あぁ~、僕、睦月が好きだ)  晴の胸にその思いがストンと落ちてくる。  2回目に会ったとき抵抗が出来なかったのも、メールの返事がなくて落ち込んだのも、ケーキの新作を頑張ったのも、それも全て恋心がさせた事。睦月に初めて出会った時にはもう晴は恋をしていたのだ。 「晴?」 「えっ、何?」 「どうした?」 「何でもないよ。ケーキのおかわりは?」 「あぁ、貰う。でもその前に、もっと欲しい甘いもの貰えるか?」 「あっ!紅茶のおかわり?」  そう言って立ち上がろうとしたところを腕を引かれ、腰を上げた睦月から腔内をひと舐めする口づけを晴は受けた。 「な、何するんだよ」 「甘いキス、ごちそうさま」  相変わらずの悪戯っ子の様な笑顔の睦月に、あからさまに真っ赤に顔を染める晴だった。繋がれたままの腕から感じる睦月の手が熱かった。 「もう、食べないの?」 「もちろん食べるよ」  睦月の言葉とは裏腹にあっという間に晴はラグに転ばされていた。 「む、睦月?どうしたの?」 「色っぽい顔をするお前が悪い」 「えっ」  晴を見下ろす睦月の顔が悪戯っ子から、大人の男に変化した。 「ご褒美欲しくないか?」 「ご褒美?何かくれるの?」 「あぁ」  睦月を好きだと気が付いた晴の心臓は痛いくらい脈打っている。平然と会話を続けられるのも光輝に片思いしていた5年の間に培った賜かもしれない。 「僕の欲しいものならいいな」 「何が欲しい?」 (君の心が欲しい……でも、言わない。もう恋愛はしない。怖いんだもう僕は。1人で思うだけなら許されるよね。僕なら大丈夫)
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