第2章

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 覗き込んでいる睦月に晴のほうから抱きつき耳元に囁く。 「一緒にお風呂に入らない?」 「喜んで」 「いいの?」  顔を上げずに耳元に鼻を擦り付けた。  睦月はいつもファッションに疎い晴でも知っているほど有名な香水を付けている。色っぽくそれでいて爽やかな香り。耳元からはいつもより強く睦月らしい香りを感じる事が出来た。それを晴は胸いっぱいに吸い込んだ。 「なんだ、擽ったいぞ」 (香りまで憎いくらいイケメンじゃないか。なんだかムカつく)  ムカムカしてきたその勢いで晴は耳たぶに軽く噛みつき、色っぽく舐めてみせた。 「こら、晴!」  悪戯も形勢は直ぐに変化する。押さえつけられた晴の顔に睦月の顔が重なった。もとより抵抗するつもりもない晴は、強く睦月に抱きつくと自ら深く口づけていった。2人の顔が離れれば錦糸も途切れる。 「はぁ、睦月……」 「今日は積極的だな」 「こんな僕はイヤ?」 「好きだ」 (好きだって言われた)  言葉遊びだと分かっている。それでもその言葉が聞きたくてわざと仕掛けた。軽いリップ音をたてて、今度は睦月が晴の耳たぶにキスをしてきた。 「待って、お風呂に入ろう?」 「……そうだな」  晴は起き上がるとバスルームの扉の方に身体の向きを変えた。それを阻止するように睦月は晴の腕を引っ張ると腕の中に優しく抱きしめるように囲った。  「どうした?らしくないぞ」 「っ、なんでもない」  睦月の肩に額をあてて、首を振った。無理に鼓舞していた気合いは、睦月の晴の全てを包み込み、あやすような言葉に煙のように消えていった。頑張る気持ちが消えるとそこには純度の増した思いがあった。 「ごめん。ご褒美なんて聞いて調子に乗っちゃった。お風呂の話は冗談だから。ケーキ褒めてくれてありがとね、旨いの言葉だけで十分だよ。今度は僕も一緒に味わう事にするよ。自分を褒めてやりたいからね」  睦月から離れると気持ち全てを込めて笑顔を送った。12年前から封印され、諦めを抱いて生きてきた晴に戻ってきた本物の笑顔だった。晴の光輝によって止められた幸せの時間が動き始め、睦月は晴の全開の笑顔に頬を染めた 「じゃ、次はコーヒーで頼む」  染まった頬をごまかす様に睦月は咳払いをした。 「分かった。待ってて」  2人で美味しいコーヒーを飲み、甘いケーキーを食べて話をする。何でも無い時間が愛おしい。晴の顔がいつにも増して華やいでいた。   お腹の膨らんだ2人は晴の入れ直したコーヒーで寛いでいた。 「酒が飲みたくなるな」 「睦月はお酒も好き?」 「あぁ、甘いのを食べると飲みたくなる」 「ブランデーならあるよ」  睦月の為に晴は腰を上げようとテーブルに手をついた。 「それってケーキ用じゃないのか?」  視線が合った睦月にはいつも晴に見せている悪戯っ子な表情が戻っていた。その言葉に晴は頬を膨らませた。 「失礼な、カミュだよ。そんなこと言うと飲ませないよ」 「お、カミュはいいな。悪い、飲ませてくれ」  嬉しそうな睦月の姿を見て飲ませないの言葉とは裏腹にお酒を並べているキャビネットから目的のモノを取り出した。晴はグラスを2人分とおつまみを適用に用意した。今夜は飲むのも良いかもしれない、そんな風に晴は思っていた。
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