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 ある日、電話したら、電波が通じなかった。それで屋上に行った。彼はフェンスにもたれて座っていた。  もうだいじょうぶなの?  うん。  風邪治った?  うん。 「ごめんな」と、晴久は言った。  結局花見に行くことはできなかった。そのとき買った水筒と小銭入れは、使われることのないまま、机の引き出しの奥で眠っている。  一度だけ、晴久の家で酒を飲んだ。私は梅酒のロックを、晴久はビールの缶を。お酒には強いたちなのに、そのときだけはめずらしく酔っていた。口から考える前に言葉が次々と出て、そのくせ、何を喋っているか分からないのだ。  晴久は笑っていた。ふたりともよく飲んで、そのために酔って、高揚していた。飲んでいるうちに眠くなって、じゃあ寝ようか、と言って横になった。  目が覚めたときに、ハッとした。  晴久はいなかった。起きあがると、頭がガンガンした。トイレにでも行ったのかな、そう思って目をやると、暗がりを通して黒い影が見えた。 晴久は、ベッドから少し離れた場所で静かに寝息をたてていた。     
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