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 私はふたたび、ベッドに横になった。すると、なぜか突然、予期しなかった気持ちにおそわれた。胸の底でグッと何かが沈み込んだかと思うと、まぶたの裏から押しあげるように涙があふれた。晴久が隣にいなくてさみしいのか、ひとり目覚めて心細いのか、あやめもつかぬまに、涙は次から次へ流れた。  その後、お風呂に入ってなかったことを思いだして、シャワーを借りた。ちょうどいい温度のお湯に体を洗い流され、シャンプーの匂いに包まれると、突然の感傷は跡形もなく消えていった。  浴室から出て、かけてあったタオルで体をふき、裸のままうろうろして晴久の黒いシャツをはおった。窓を開けると、夜のしんとした空気が顔に触れて心地よかった。ドライヤーで髪を乾かしながら、窓辺のひっそりとした夜を眺めた。 ***  講義棟を出ると、小雨が降っていた。午後から雨、とニュースで見て持ってきていたビニール傘を広げた。しずくが傘の上につぎつぎと落ちる。電灯のそばを通り過ぎると、水滴は白く反射した。  発光する自動販売機。ミルクティーを、買おうとしてやめた。ベンチは濡れて、誰もいない。猫の姿も。  ーー晴久。  心のなかで、名前を呼んだ。  いつか見た星のまたたきを思いだした。強い気持ちと、おもかげの弱い光が重なって、自分の足が、急に遠くなる。  交差点。  青色の信号が点滅して、赤に変わる。もう少しだった。あと、もう少しで、渡れたのに。     
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