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本当は、ーー私は、晴久のことを、本当はずいぶん好きだった。初めて、屋上で名前を聞いたとき、彼から発散されていた、やわらかい光のそばにいたくて、遠回りをし続けた。
うっかり、踏みはずしてしまわないように。
ゆっくりした、テンポで。
ーーもう少し早ければ。
今さらになって、そう思う。もう少し早く歩いていたら、向こう側へ行けたのに。目的地のない旅へ、ふたりで。
雨は本降りになってきた。ポケットに入っていたチョコレートの包みをむいて、口にほうる。なぜか、甘さを感じなかった。噛み砕きたいのに、チョコレートは、口のなかであっさり溶けて消えた。何の余韻も残さず。
一年と少し前、私は強くなりたい、と思っていた。晴久が大学から姿を消して、何の連絡もとれなくなったころ。怒りや、戸惑いや、どうしようもなく行き場のない気持ちは、時が経つにつれて薄らいでいった。
でも、さみしさだけはぐずぐず胸に残って今も消えない。いつまでも、執拗に後を追う。まるで影のように。
足元を見ると、歩調に合わせ、私の影は薄くなったり濃くなったりしていた。
帰ったら、甘いお酒を飲もう。ふと思い立って、コンビニエンス・ストアに寄り、杏露酒の小さな壜を選んだ。
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