第三章 “銀龍女公” 女公爵アルジェンテーヌ

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 メルはネウィルの手を借りて、よろよろと立ち上がった。騎士のマントに凍えた身を包んだまま、彼女はネウィルを見上げた。  兜の奥の騎士の目は、何か辛そうな陰を帯びつつ、メルを見つめている。  ネウィルの切なげな眼差しに、メルの胸もきゅんと痛む。  自分も軽い息苦しさを覚えて、言葉が出てこない。ただ堤防を打つ波の音が、かすかに聞こえてくる。  何か言おうとしたのか、兜の中でネウィルが息を吸った。  が、彼の動きはそこで止まり、群青の瞳がピクリと動いた。 「どうしたの?」 小首を傾げて聞きながら、メルは騎士の視線を追ってみた。    霧雨は止み、辺りは靄に包まれている。  その水の壁の向こうに、ぼんやりと灯火が浮かぶのが見える。  ゆらゆらと小刻みに揺れる灯火は、その数三つばかり。  メルたちの方へと近付いてくるようだ。  同時に、コツコツという複数の足音や、金属の触れ合う鋭い音も聞こえてくる。  メルも目を凝らせてみた。  が、霧の中では光が拡散してしまい、暗視能力が十分に働かない。  それ以前に、今のメルは体力を消耗しきった状態だ。  目線を固定することさえ、正直苦しい。  メルから手を離したネウィルが、彼女を護るように、スッと背を向けた。  こちらへ向かってくる何者かをじっと見据えながら、騎士は凛と胸を張って待ち受ける。     
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