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そこで母親が、もう一度玄関広間を見回した。
「それで、ローサイト卿はどちらに? おいしいメロンをごちそうしてあげなくちゃ」
「知らなぁい」
ちょっぴりむくれ気味に、メルは不満の視線を母親に向ける。
「“銀龍女公”ってひとから招待状が来て、慌ててどこかへ行っちゃった。明日の夕方にまた来る、って」
「銀龍女公、ですって?」
不意に母親の目の色が変わった。
甥の騎士ネウィルと同じ、群青色の清涼な瞳。
彼と似て、何があっても簡単には動じない、いつも冷静な母の瞳が鋭く光っている。
それでいて、片手を当てた口元は、普段どおりの穏やかな微笑のまま。
……怖い。
絶句するメルを前に、虚空を刺すように探る母親の横目は、まぎれもなく隙を探る戦士の眼差しだ。
今は引退の身とはいえ、かつては母親も“翡翠の龍姫士(ジェダイト・ドラグゥーン)”などと異名を取る熟練の剣士で、ネウィルとは同門の姉妹子(あねでし)だったそうだ。
その母親が、高く通った鼻をくんくんと鳴らした。
「ああ、道理で“誘蛾香”が匂うはずね」
「『誘蛾香』?」
何気なく聞いたメルに、母親がちらりと視線を寄越す。
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