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「銀龍女公が昔から愛用している高価な麝香。あの方は、思い入れのある物に誘蛾香を付けるのだけれど、異性ばかりか魔物も惹き寄せるから危ないと、皆が言うのにまだ……」
メルは、何やら黙して熟考中の母親に、おずおずと聞いてみた。
「えと、お母さま? 銀龍女公って、どんなひと? お母さまは知ってる?」
「あなたはお会いしたことがなかったかしら、メルローチェ」
母親が顔を上げた。
その表情にはいつものにこやかさが戻っているが、頬などはまだ硬く映る。
「銀龍女公は、白銀龍(シルバー・ドラゴン)の宗家、アルジェンテーヌ公爵家の今のご当主です。北大陸にお住まいだから、この神殿集落には滅多においでにならないけれど。わたくしが現役の剣士だった頃には、ローサイト卿も一緒に幾度かお会いしましたが……」
そこで母親が言葉を切り、一塊の息をついた。
どこか不満そうな色を帯びた吐息だ。
それ以上話を繋ごうとしないところを見ると、何か言いにくいことでもあるのだろうか。
もしかしたら、何か過去にあったのかも……。
ぼんやりと、在りし日の母親の事情を空想するメルだった。
しかし、凛とした母親の声が、すぐにメルを現在に引き戻す。
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