136人が本棚に入れています
本棚に追加
一応、父親の表情で答えた彼だったが、母親とメルをまじまじと見比べ、不思議そうに聞く。
「二人とも、こんなところで何をしている? 玄関先で、立ち話などして」
メルは母親と一瞬顔を見合わせた。
が、すぐに父親に目を戻すと、素っ気ない調子でこう答えた。
「お母さまと、銀龍女公のお話をしてたの」
「何? 銀龍女公?」
聞き返してきた父親の表情が、微妙に変わった。
わずかに目尻が下がり、灰銀のハンドル髭に隠れた口元も、心なしか緩んだようだ。
同じ『銀龍女公』の名前を聞いても、父と母とで明らかに反応が違う。
「あの方がどうかしたのか?」
そう問いを重ねた父親の様子は、どことなく楽しそうだ。
そんな父マルクセスの前に、母親がぬっと立ちはだかった。
両手をすらりとした腰に当てた母は満面の笑顔だが、群青の両目だけは射抜くような剣士のものだ。
……やっぱり怖い。
「あら、あなた。随分とお楽しそうですこと」
「んむ? あ、いや、そんなことはないぞ」
あらぬ方へ視線を逃がしながら、父親が立て続けに数回、首を横に振った。
その表情は、猛獣のしっぽで踏んだかのように、焦りに満ち満ちている。
秀でた額にてらてら光っているのは、きっと脂汗だ。
「おおそうだ、着替えなくてはな」
最初のコメントを投稿しよう!