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聞き慣れた父の台詞だが、今日は妙にあからさまで、わざとらしい。
するりと母親の前から抜け出した父親は、あらぬ方を見遣りながら、一目散に玄関広間から退散してゆく。
対する母親も、メロンの袋を提げたまま、父親の後を鋭く追跡する。
「あなた! まだお話は終わっていませんよ! あなたー!」
両親は慌ただしく館の奥へと駆け込んでいき、玄関広間は再びメルと静寂だけが取り残された。
メルは苦笑めいた息を一つ洩らす。
……相変わらず仲のいい両親だ。
が、銀龍女公の名前に違った表情を見せていた。
父マルクセスは銀龍女公に好意的でも、母テオファナはそうでもない、いや、むしろ良く思っていないような印象さえ覗える。
しかしその理由など、メルには全く想像も付かない。
それが何故なのか考え巡らせながら、メルも二階の自室へと戻った。
その翌日。
「あーあ、調子が悪いなぁ……」
作業台の前に独り座るメルは、深く澱んだ息を吐き出した。
そして手にしたペンを古代の粘土板の側に置くと、薄暗い無機的な天井を仰ぎ、二つ目の吐息を洩らす。
メルが今いるのは、中央万神殿の裏手に立つ附属大図書館の一室、粘土板収蔵室だ。
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