第一章 緑衣の騎士への招待状

20/81
前へ
/559ページ
次へ
 聞き慣れた父の台詞だが、今日は妙にあからさまで、わざとらしい。  するりと母親の前から抜け出した父親は、あらぬ方を見遣りながら、一目散に玄関広間から退散してゆく。  対する母親も、メロンの袋を提げたまま、父親の後を鋭く追跡する。 「あなた! まだお話は終わっていませんよ! あなたー!」   両親は慌ただしく館の奥へと駆け込んでいき、玄関広間は再びメルと静寂だけが取り残された。  メルは苦笑めいた息を一つ洩らす。  ……相変わらず仲のいい両親だ。  が、銀龍女公の名前に違った表情を見せていた。  父マルクセスは銀龍女公に好意的でも、母テオファナはそうでもない、いや、むしろ良く思っていないような印象さえ覗える。  しかしその理由など、メルには全く想像も付かない。  それが何故なのか考え巡らせながら、メルも二階の自室へと戻った。  その翌日。 「あーあ、調子が悪いなぁ……」  作業台の前に独り座るメルは、深く澱んだ息を吐き出した。  そして手にしたペンを古代の粘土板の側に置くと、薄暗い無機的な天井を仰ぎ、二つ目の吐息を洩らす。  メルが今いるのは、中央万神殿の裏手に立つ附属大図書館の一室、粘土板収蔵室だ。     
/559ページ

最初のコメントを投稿しよう!

136人が本棚に入れています
本棚に追加