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広大な回廊にも似たこの縦長の部屋で、メルは昨日から古代語の翻訳という特別な仕事に従事していた。
それも、首座総裁の直々の指名によるものだ。
メルが働く中央万神殿には、この世界のあらゆる聖典を収蔵した図書館が附属している。
附属図書館にある聖典のほとんどは、書物や巻物、蛇腹のコデックスだが、太古の聖典には紙に依らないものも存在する。
そういう書物以外の聖典の中でも、特に粘土板に刻まれた聖典を集めたのが、この粘土板収蔵室だ。
収めた粘土板の点数は、ざっと数千にも及ぶ。
彼女は、たった独りの仕事場、この粘土板収蔵室をぐるりと見渡した。
「今日は何かスゴい疲れる……」
作業台のすぐ左側は、長い長い壁になっている。差し渡し百歩は軽くあるだろうか。
そんな壁面を上下にすっぱりと切り分けて、スリット状の細い窓が開けてある。
壁の端から端までを真っ直ぐ横切るその窓からは、真昼の陽光が差し込む。
そんな広大な室内を占拠しているのは、整然と並んだ無数の保管棚だ。
高さは人の目線くらいだろうか。
保管棚のガラス戸越しに、大小さまざまな粘土板が覗いて見える。
素焼きの素朴なものあれば、きちんと釉薬の掛けられた凝ったものもあるようだ。
直射日光が入らない構造のこの収蔵室は、何となくほの暗い。
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