第一章 緑衣の騎士への招待状

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 全く同じ形の棚が静寂の薄暗がりに立ち並ぶ光景は、墓地とか列石の遺跡とかを連想させる。  だが、書籍や遺物の好きなメルにとっては、ここは割と落ち着く居心地のいい場所だ。  しかし、そうではない人には、陰鬱で不気味な場所に映るだろう。 「あ、でも、やらなきゃ……」  メルは、視線をゆるゆると作業台の上に戻した。    彼女の手元には、書きかけの共通文字が並ぶ紙と投げ出したペン、それにインク壺と白い封筒が置いてある。  そして、それらに囲まれるようにして、ハンカチほどの大きさの薄い粘土板が敷布の上に載せられている。  その神寂びた、茶色い粘土板に刻まれているのは、”神代レテ語”と呼ばれる難解な古代語。  悠久の太古、神々と人類が共有していた言葉だったが、今ではほぼ忘れ去られ、読み書きできる者は限られる。  だが、中央万神殿の書記総長を代々務め、神代レテ語の資料をさえ所有する家系に生まれたメルは、膨大な数の書物と難解な古代語に幼い頃から慣れ親しんでいた。  様々な文字と言葉に高い素養を持つメルだからこそ、神代レテ語の翻訳は彼女に一任された、大切な特命業務だ。  ……とは言うものの、今日のメルは、何となくペンを取る気になれない。  幾つ目とも知れないため息をつきながら、どよどよと繰り言をこぼす。     
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