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「んー、やっぱりダメっぽい……」
昨日からたった独り、メルは辞書や用語集に頼ることもなく、複雑な神代レテ語を誰にでも読める共通語に直し、手元の紙に書き留めてきた。
だが、その翻訳の早さは、間違いなく昨日よりも落ちている。
散漫な気分が、翻訳をつっかえつっかえに邪魔している、メルは自覚していた。
その散漫な気分の元凶を、メルは半眼に睨む。
作業台の上にある、甘い匂いの染みついた白い封筒。
昨日、エルマンという奇妙な若者が持ち込んだ、銀龍女公から騎士ネウィルへの招待状だ。
「もうっ、一体何なの……?」
不満一杯につぶやいて、メルは白い封筒を手に取った。
今のメルの悩みの種。
この封筒に意識を盗られるばかりか、何かじろじろ見られているような気がして、落ち着かない。
彼女は封筒から出さないままに、中に収められた招待状をじっと凝視する。
……『銀龍女公』と聞いて、異なる反応を見せたメルの父と母。
その母の謎めいた一言、『女の勘』。
さらにこの封筒と、『また来る』と言い残して去った、ネウィルの行方。
それらがごちゃごちゃに頭に引っかかって、大切な翻訳の仕事も遅々として進まない。
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