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「さあさあ、そうと決まれば早速準備よ、メルローチェ」
そんな母の口調は、やけに楽しそうに明るく弾んでいる。
「あの銀龍女公の前に出るのだから、きっちり身構えて行かないと、ね」
んふふ、と勝ち気で挑戦的な含み笑いを洩らし、母が虚空を横目に流し見ている。
何を考えているのか得体の知れない、不敵な勝負師の目だ。
……母親ながら、こういうところは実に怖い。
と、玄関広間から低く通る男の声が聞こえてきた。
「今帰ったぞ」
「あら、あのひとだわ」
母親が、スッと顔を上げた。
メルの父マルクセスの声らしい。
中央万神殿での書記総長の勤めを終え、帰宅してきたようだ。
母親がスカートの裾を軽く持ち上げて、すすっとテーブルから離れた。
「おかえりなさい、あなた! ちょっとお話がありますのー」
そんな声を上げながら、あっという間に母テオファナはサロンから小走りに出ていった。
ほの暗いサロンにただ二人残された、メルとネウィル。
何となく口を開けないまま、立ちっぱなしのメルだった。
メルたちの言葉の空白が、扉一枚隔てた父母の会話に埋められる。
怒っているとか否定的とか、そんな風には響かないが、どちらもかなり興奮しているようだ。
「お父さま、ダメって言うのかな……」
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