第一章 緑衣の騎士への招待状

69/81
前へ
/559ページ
次へ
「さあさあ、そうと決まれば早速準備よ、メルローチェ」  そんな母の口調は、やけに楽しそうに明るく弾んでいる。 「あの銀龍女公の前に出るのだから、きっちり身構えて行かないと、ね」  んふふ、と勝ち気で挑戦的な含み笑いを洩らし、母が虚空を横目に流し見ている。  何を考えているのか得体の知れない、不敵な勝負師の目だ。    ……母親ながら、こういうところは実に怖い。    と、玄関広間から低く通る男の声が聞こえてきた。 「今帰ったぞ」 「あら、あのひとだわ」  母親が、スッと顔を上げた。  メルの父マルクセスの声らしい。  中央万神殿での書記総長の勤めを終え、帰宅してきたようだ。  母親がスカートの裾を軽く持ち上げて、すすっとテーブルから離れた。 「おかえりなさい、あなた! ちょっとお話がありますのー」  そんな声を上げながら、あっという間に母テオファナはサロンから小走りに出ていった。  ほの暗いサロンにただ二人残された、メルとネウィル。  何となく口を開けないまま、立ちっぱなしのメルだった。    メルたちの言葉の空白が、扉一枚隔てた父母の会話に埋められる。  怒っているとか否定的とか、そんな風には響かないが、どちらもかなり興奮しているようだ。 「お父さま、ダメって言うのかな……」     
/559ページ

最初のコメントを投稿しよう!

136人が本棚に入れています
本棚に追加