序章

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序章

 その少女は、差し出された物を前に、ごくりと唾を呑んだ。  首の後ろが、何かじりじりとすくんでくる。 「この文字って、もしかして……」  高く澄んだ、少女の声。  だがその響きには、緊張がみなぎる。    少女がじっと視線を落とすのは、ねっとりとした光沢を放つ、群青色の薄い板だ。  掌よりも、一回りほど大きいだろうか。  表面には、人の形を思わせる奇妙な文字が、実に細かくびっちりと刻み込まれている。  釉薬をかけられて焼成された、粘土板のようだ。    その粘土板を手にした年輩の女性が、おもむろにうなずく。 「そうです。正真正銘の“神代レテ文字”です」  身を強張らせて立ち尽くす少女の前に鎮座するのは、ゆったりとした褐色の執務机。  その向こう側から、年輩の女性が粘土板を両手で差し出している。  きっちりと結い上げた髪は、黒みがかった燻し銀。  それに抜けるように白い肌と、少女を見つめる赤い瞳は、白銀龍たちの特徴だ。  その凛とした、どこか気品と威厳の漂う女性が、少女に教える。 「先ごろ、この中央万神殿(ラ・パンテオン)に売り込まれた古代の粘土板です。まだ翻訳ができていないので、書かれた内容は分かっていません」     
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