第二章 野球バカ

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【高校二年・秋】  白洲市民スタジアム 秋季大会(新人戦)決勝  八回裏、3対3 ツーアウト一塁。  スライダーを完璧に捉えた打球が、センターのスコアボードを越えた。  大沢が大きなストライドで、ゆっくりと一塁ベースをまわった。  ・・・これで5対3。遂に突き放した。  ・・・しかし、どんだけ飛ばすんだ。  スタンドがザワついている。  三試合連続。  秋季大会に入って5本目。    ダグアウト前でキャッチボールをしていたヒロが、目を丸くしてバンザイしている。 「スライダーを投げる前、右肩の辺りを触る」  ホームベースで迎えた俺の耳元で、大沢が囁いた。 『四番ショート下村君』  俺は左打席に入って、じっくりとピッチャーを観察した。  初球。  外角低めのストレート。  ボール。  2球目。  内角低めのストレート。  ストライク。  3球目。  サインに頷いたピッチャーがなに気なく、右手の指先で右肩の袖をわずかに引っ張った。  外角低めのスライダーが中に入って来た。  俺は入って来たボールにバットをぶつけるように、振り抜いた。  ・・・最高の感触。  打球はライナーで左中間フェンスを越え、芝生に突き刺さった。  ・・・よしっ。  これで3点差がついた。  あと1イニング。  ヒロには充分過ぎる点差であろう。  昨日、やっとベスト4の壁を乗り越えた。  東海大会進出も決めた。  この秋、大沢が手に負えない状態になってきていた。  大沢に乗せられるかたちで、俺のバッティングもそこそこ好調を維持している。  大沢はただブンブン振り回すだけのバッターではなかった。  相手をよく見ている。  捕手目線でじっと観察する。  だから、さっきのような癖を見逃さない。  試合序盤にはなかった仕草だった。  たぶん、疲れか、緊張で無意識に出てしまった癖。    それにすぐに気付いた。  しかも相手の監督や、キャッチャーよりも早くに。  だから相手が修正する前に攻略出来るのだ。  力まかせのフルスイングだけのように見えるが、実は大沢のバッティングには、意外と注意深い観察に導かれた、しっかりとした裏付けがある。  九回、ヒロは12球で試合を締め括った。       俺はエースナンバーをつけ、四番を打っていたが、もうこのあたりでは二人に頼りきっていたような気がする。    南洋北高校は、遂に秋の県大会で優勝したのだ。
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