第三章 捜査本部

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「その事件において、本部係検事が名声を高める。それは素直に誇りにしていい事なんじゃないか。何故ならその根底には正義しかないのだから ……」  俺は真摯な思いを口にした。 誇りと使命感。 罪を憎み、悪と闘う俺たちの動力源はこれしかないんだから …… 「誇りか」 ジョーはそう言ったきり、手に持ったコーヒーカップを見つめただけだった。 地方検察庁において、検事正、次席検事に次ぐ三席検事。 検事正及び次席検事は、いわゆる管理職で、個別の事件を担当することはないので、三席検事が個別の事件を担当する検事の中で,最も上席の検事となる。 検事の主たる業務としては、事件の処理(起訴するか否を判断する)、公判の対応(起訴された事件について適正な判決を得るように活動する)、事件相談(警察などの捜査機関から相談のあった事件について、捜査の進め方、法律判断などについて助言する)を挙げることができる。 このような業務自体は、三席検事と一般の検事とで異なることはなく、両者の業務の最大の違いは、担当する事件の種類にある。 検事には、担当する事件の種類によって財政経済係、少年係、麻薬係、暴力係という様々な係があり、ジョーのような三席検事の多くは、財政経済係と本部係に指名されている事が多い。 財政経済係検事は、脱税事件、贈収賄事件、詐欺事件などの「財政経済事件」と呼ばれる事件を担当し、本部係検事は、殺人事件などの凶悪かつ重大な犯罪で、都道府県警察に捜査本部が設置されるような事件を担当する。 当然、捜査本部(ちょうば)が立つような大事件は大々的に報道され、世間の注目度は高い。 それだけに担当検事には、大変な重圧がのし掛かってくる。 俺たち警察は被疑者を検察に引き渡せば、業務としての事件は終わる。 だが、本部係検事は初動から捜査に関わり、犯人逮捕、起訴、そして世間が納得する量刑を勝ち取るまで延々と事件は続くのだ。 そしてほとんどの場合、マスコミや世間のバッシングを一身に受ける事になるのが本部係検事なのだ。 名声を高めるより、悪名を高める事の方が圧倒的に多い。 淡々としているが、ジョーは県内で帳場が立つ都度、その凄まじい風雪と常に戦っているのだ。 「俺は時に、この犯人だけは命に変えても摘発しなければならない …という強迫的な心理状態に襲われることがあるよ」 言葉が無意識に口から出ていた。 「今回がそうか ?」 ジョーはそう言って、コーヒーカップに口をつけた。 「ああ、こんな事案の時だ。正直、私情も入っている」 「優深ちゃんを持つ親の感情か」 「それはジョーも島も同じだろう。ただそれとは別に、とにかく摘発しなければならないという強迫観念に襲われる。理由はうまく言葉に出来ないが ……」 「それは ……おそらく贖罪意識 ……だな」 ジョーが断じるように言う。 「・・・贖罪 ?」 そんな意識 ……考えた事もなかった。 「こんな卑劣な犯罪をいつまで経っても未然に防ぐ事が出来ない。それが刑事として ……人間として ……社会に対して申し訳が立たない。だから少なくとも自分が関わる事になったら、命がけで犯人を追って少しでも社会に償いたい」 ・・・ ・・・そういう事なのか ? 自分でも言葉に出来ない深層心理を、ジョーがさらりと言った。 「検察官の検分はさすがだな」 「いや、今のは日頃俺自身が感じている事を言葉にしただけだ。ただ、シモの贖罪意識は俺なんかよりもっと深刻なんだと思う」 「何故 ?」 「多花丘少女監禁事件の被害者と実際に会っているから ……」 ・・・ そうか そういう事か 凍りついた人形の瞳 …… 「島っ ! 」 ジョーが島の肩を突っついた。 いつの間にか、鳥の囀りが賑やかになっていた。 「さて、暮林検事に恥を掻かさんように頑張るとするか。おい、分析官っ起きろ !」 島は俺に尻を蹴っ飛ばされるまで、現実の世界に帰って来なかった。
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