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早春の日ざしがやわらかに入る窓辺の一等席に、わたしの寝床はあります。このようなあたたかな場所を与えてもらい、わたしは幸せです。
それはそれは大切に、そう、パパさまとママさまの本当の子供のように、面倒をみていただきました。ありがとうございます。
最後の大仕事を前に、わたしの心は落ち着きを失っています。
失敗は許されません。そう思えば思うほど、胸の内は揺れてしまうのです。
気持ちを静めるためにも、今までの出来事をふり返らせてください。
目をつむると、よろこびにふちどられた日々のことが、色をともなってまぶたの裏によみがえってきます。
わたしの一番古い記憶は、雨です。
マンションの入り口の目立たないところに、わたしは捨てられていました。
横なぐりの雨粒は、ボロ布を押しこんだ段ボールの中に容赦なく降りかかります。
寒さと心細さで、箱のかどにうずくまってふるえるばかり。すぐ横を、いくつかの足音が通りすぎました。
お願い。足を止めて。わたしを拾って。
しっぽをふって懸命に訴えかければよかったのでしょう。しかし、生まれて間もないわたしには、十分な知恵がありませんでした。
それにおなかがすいて、小さな鳴き声を上げることもできなかったのです。
何もわからないながらも、ここで死ぬのだ、とみょうに悟っていたことを、今でも覚えています。
まぶたを上げている力もなくなり、思いおこすことが何一つない生涯を、とじようとした間際、天へと昇っていく気分を味わいました。
真に終わりならば、ここで意識が途切れたのでしょう。
しかしわたしは、強い力であたたかな闇にくるまれたのでした。
あとでわかったことですが、服がぬれることもいとわずに、ママさまがふところへと抱えこんでくれたのです。
ぬくもりにつつまれたまま、激しく揺られ、意識が薄れていく。カツンカツンと硬くせわしい靴音だけが、耳の奥に残っています。
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