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あれは、わたしが屋根の下に暮らすようになって三回目の春のこと。
涙をふくんだママさまの声が受話器からあふれ出し、わたしに届きました。
「赤ちゃんができた」
ようやく、お二人のところにも春がやってきたのです。
そしてわたしにも、やってきたものがあります。それは、よろこびと悲しみ。
念願の子供を授かったお二人をお祝いする気持ちと、わたしがここにいる理由のなくなった寂しさ。
子育ては大変です。
ましてや一人目なのですから、きっと戸惑うことばかり。わたしがいても邪魔になるだけです。
散歩の折りに姿をくらますか。それとも、玄関があいた隙に飛び出して、走り去ってしまうか。これくらいしか、身のふりかたを思いつきません。
どうしたものかと案じるわたしを、ママさまが上機嫌に呼びます。
「ハナコはこの子のお姉ちゃんよ。よろしくね」
わたしをかかえ上げ、大切なおなかへとよせてくれるではありませんか。
つい先ほどまで、出ていくばかりと心を構えていたわたしは、思いもしない役目を与えられたのです。生まれてくる赤ちゃんの姉という大役を。
日ごとに大きくなるおなかに耳を当てることが、わたしの日課となりました。たまに、おなかの中からとんと軽くたたかれることも。
「赤ちゃんが動いたね」
そう告げるママさまの笑顔の、なんとまぶしかったことか。
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