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 あんよが上手になられてからは、いっしょに外へと出かけます。  顔じゅうを笑みにして、わたしのリードを手にされる姿は、本当に愛らしい。天使のようでした。ひっぱって転ばせないように、いつもすぐ横を歩いたものです。  ご自分のごはんを、わたしにさし出すのには困りました。  おいしいので、わたしにも食べさせようと、やさしい気持ちで手を伸ばすのですが、わたしはたくさん食べて大きくなるわけにはいかないのです。  重くなるほかは、これ以上育たないと、あのころのわたしは知りませんでしたもの。  絵本もいっしょにながめます。  ケイタさまは特に動物がお好きで、クマやキツネ、ウサギやネコを指さして、きゃっきゃとよろこんでは、かわいい拍手をするのです。  イヌの絵が出てくると、それが大きなイヌでも小さな犬でも、黒いイヌでも白いイヌでも、「ハナコ」ともちもちのほっぺをほころばせ、わたしの背に小さな手の平を置くのでした。  これはわたし一番の自慢ですのよ。なんとわたしの名前が、ケイタさまの覚えた最初の言葉なのです。  ときには厳しくも接しました。  玄関では、沓脱(くつぬぎ)に降りようとするケイタさまの服のすみっこをかじって、何度も止めたものです。  クリップを口に入れようとしたときは、(そで)を強くかんで、止めるのも力づく。  牙を立てるわたしに、ケイタさまは驚かれたのでしょう。泣いてしまいました。  火のついたように泣くケイタさまのもとに、あわててパパさまがかけつけます。  わたしがかみついてはなさないケイタさまの手の中に、クリップがあることを目にしたパパさまは、わたしが何をしたのかに気がついて、何度も頭をなでてくれました。    幼稚園の運動会での雄姿は、脳裏に焼きついています。  わたしを追いかけて走り回っていたからでしょうか。かけっこでは一番でした。途中までですけども。  あと少しでゴールというところで、転んでしまいました。  それでも泣きもせずに立ち上がり、自分の足で走り切ったお姿は、実に立派でした。  あんなにも弱々しかった赤ちゃんが、こんなにも強くなって。  思い出すたびに、目頭が熱くなって仕方がありません。
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