理想

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その五里霧中感は翌日にも繰り越されてしまって。 大したことではないけど朝から幾度かプチミスを繰り返し、いつものごとく先輩に必要以上に責められ、大分メンタルに負担がかかったところでやっかいなトラブルに見舞われてしまった。 「つっ…」 ぼんやりしていた私は手のひらに感じた抵抗力と、小さく発せられたその呟きにハッと我に返る。 「あっ」 「大丈夫ですか本丸さん!」 エレベーターで一階に下り、ロビーに向かうべく数歩歩いた所で、押していたワゴンを扉の近くに佇んでいた本丸さんにぶつけてしまったのだ。 そして一緒にいた、私によくちょっかいを出してくる例の秘書課の二人の女性が、衝突された本人よりも大きな声で騒ぎ立てた。 …ていうか、ワゴンの角がちょっと足に引っかかっただけなんだから、そんな大袈裟にしなくても…。 「ちょっと、あなた何やってるんですか!?」 「あー!」 一人は私に抗議し、もう一人は目線を本丸さんの足元に向けるやいなや、更にヒステリックな声を上げた。 「やだ。血が出てますよ本丸さん!」 「……そうね」 右足を捻ってその部分を確認していた本丸さんは冷静に返答した。 「どうやら皮が剥けちゃったみたい」 そして二人を交互に見ながら続ける。 「大した傷じゃないけど、見た目が悪いから医務室で手当てしてもらって来るわ」 「私達付き添いましょうか?」 「パンストも伝線しちゃってますけど…」 「いいえ。一人で大丈夫。もう時間ギリギリだし、あなた達は速やかに秘書課に戻って。あと、替えのストッキングはここに入ってるから心配無用よ」 本丸さんは手にしていたトートバッグを持ち上げながらそう解説した。 今は大多数の社員にとっては昼休憩の時間なので、おそらく彼女達は連れ立って外食に出かけ、帰社した所だったのだろう。
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