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生家を出て以来、果物や焼き菓子のような甘いものを口にする機会は格段に減っていた。
甘い飲みものに、トゥッツィリアはほっとする。一口二口、と続けて飲むと、夜の散策で予想外に強いられた緊張が解れるようだ。
ひとりではちみつ水を飲む怪人の姿を想像しながら、トゥッツィリアは肩の力を抜いていった。
茶器をテーブルに置き、書物の山を見るともなしに眺めていると、生家の書斎を思い出した。
「……いつまで」
いつまでここにいるのか。教会を仮の宿にしていればいいのだろう。慣れ親しんだ生家を離れたまま、いつまで寄る辺ない不安を抱えていればいいのか。
トゥッツィリアは近くにあった書物を手に取った。
なかに書かれているのは薬学だろうと推測できたが、こまかい部分はトゥッツィリアの理解がとうてい及ばないものだった。
トゥッツィリアも生家であるカスパール伯爵家も、教会の信徒である。だが熱心な信徒ではない。それなのにトゥッツィリアを遊学の一端として滞在させた父の考えは、衆目から隠すのが目的だろうと察せられた。婚約者の死にトゥッツィリアが動揺するかもと、心配されたのかもしれない。
国の中枢にもっとも近い血筋であるハミンズ公爵家の嫡子と、トゥッツィリアは婚約していたのだ。
会ったことはない。
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