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この先も、会わない。
――今年の春のことだ。
トゥッツィリアを呼びつけた父・カスパール伯爵は、じつは一年ほど前に婚約者は亡くなっている、と切り出した。呆然とするトゥッツィリアに、父は続けて遊学に出るようにと申し渡してきたのである。
青天の霹靂だ。
一度も顔を合わせたことのない見知らぬ婚約者の死も、遊学も、突然の話だった。
トゥッツィリアは驚いてしまって、そのとき言葉がひとつも出なかった。
婚約者のアムラス・ハミンズ公爵は、政敵に毒を盛られ、倒れた。
トゥッツィリアは知らずにいたが、公的な晩餐会で起こった事件であり、隠蔽のために関係者は奔放したらしい。しかし完璧に隠すことはできなかった。だが彼が生命を落としたことは隠され、現在も療養中ということになっている。
すでに亡くなっている婚約者と遊学の後に婚礼を上げ、トゥッツィリアは彼の妻となる。
そして寡婦となるのだ。
ハミンズ公爵家とカスパール伯爵家とのつながりを確固たるものにするため、トゥッツィリアの婚礼は必要だった。
婚礼後どのていどの時間を置いて、夫の訃報がおおやけにされるのか知らされていない。
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