穏やかなひととき

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 緻密な図案をみとめて、ページをめくる指が止まる。難しい単語が並ぶのはどれもおなじだが、図案があると目を引かれた。そこにはある植物の栽培方法について書かれていた。はじめて見る植物で、興味を持ったトゥッツィリアはほかの書物にも手をのばす。  父の教育方針で、女であるトゥッツィリアや妹たちは基本的な読み書きしか学んでいない。紙面に書きこまれたちいさな字は、文面の半分ていどしかトゥッツィリアには読み取れなかった。  それでも手をのばしていたのは、図案の美しさと、植物という身近なものを扱った書物だったからだろう。  書物の山のそのまた向こう、そこにも書物で山が築かれている。そちらに腕をのばして一冊取ると、一緒にわたぼこりが舞い上がった。  たんたんと階段をのぼる音がして、トゥッツィリアはそちらを見た。  怪人は手に油紙を持っていた。 「本に興味があるのか?」 「あまり、読むのは得意じゃないんですが」  微笑むのを心がけ、トゥッツィリアは勝手に書物を紐解いていたことを詫びた。 「かまわん。こんなところだ、本でも読まなければ時間は潰れないだろう」  食え、と差し出された油紙を開いてみると、焼き菓子が現れてトゥッツィリアは微笑んだ。今度は心がけなくとも、自然と顔がほころんでいる。 「あの、修道士さまは」 「アイオンでいい」  彼の仮面はのっぺりと味気ないものだが、声を聞き名を知ると、妙に親近感が湧きはじめた。     
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