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なにがあるとも判然としないうちに、ふっとあたりが暗くなる。振り返ると、怪人が手にしていたランタンの火を消したようだ。
吹き消したらしく、怪人は一度外した仮面を、もとのように被り直していた。
顔を見る千載一遇の好機だったかもしれない。そう内心歯噛みしたトゥッツィリアの耳は、ひとが囁き合うようなちいさな声を拾った。そしてすぐその声に、こちらに向かって来る足音が重なる。
誰かがこちらに向かっているのだ。まごつくトゥッツィリアに対して、怪人は薬草園から足早に立ち去っていく。
「やだ、どうしよう」
ここを出るには怪人の去った道をいくか、自分の背後にある道を戻り石造りの建物に駆け戻るか。そのふたつにひとつだ。ひとの気配や足音は回廊からやってくる。
「え、誰、やだ」
迷う間にもそれは近づいていた。
薬草園の塀の脇、山積みになっている資材の陰に、トゥッツィリアはとっさに身を隠していた。進むも戻るも、もう間に合いそうにない。
トゥッツィリアは教会の関係者ではない。
父であるカスパール伯爵が地区の司教にかけあい、トゥッツィリアは遊学の一端として滞在を許されたのだ。
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