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スカートのドレープをたぐり寄せて持ち上げ、資材の影から忍び足で出ていったトゥッツィリアは、静かに物置小屋に向かった。
まさかね、と内心でくり返す。
――まさか、逢い引きじゃないわよね。
他人のことに首を突っこむなどはしたない。いまは引き返すまたとない機会かもしれないのだ。
わかってはいるが、トゥッツィリアの足は止まらなかった。
生家の母の部屋、チェストの奥に隠し棚があった。
母はそこに子供っぽい宝物を隠していたのだ。
昔ひとにもらったと聞いたことのある、花をかたどった刺繍物。ずいぶんと読みこまれた恋愛小説。持ち主以外価値を見出せなさそうな、ちいさな色硝子。母の不在時に、そこに並べられていた恋愛小説を盗み読みしていた。それは母以外の字で書かれた、お手製のものだった。
娘の盗み読みを、母は知っていたのではないだろうか。トゥッツィリアだけでなく、下の妹たちも読んでいたものだ。
恋愛小説には、身分違いの道ならぬ恋に懊悩しつつも、おたがいへの好意を抑え切れない若い男女が描かれていた。上下巻の上巻しかなく、続きは隠し棚にも書斎にもなかった。作中の若い男女が結局どうなったのか、トゥッツィリアは知ることができなかった。忍びこんでいた手前、母に続きを尋ねるわけにもいかなかったのだ。
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