穏やかなひととき

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穏やかなひととき

3 「こんな時間に、どうして出歩いていたんだ」  問われたトゥッツィリアは、彼は自分のことを知っているのだろうか、とわずかに警戒していた。  トゥッツィリアは教会に身を寄せた、信仰の道に入ってもいない貴族の娘である。教会の面々なら、みんなトゥッツィリアのことを知っているだろうか。そんな噂話のような真似はしないだろうか。  トゥッツィリアは部屋をもう一度見回す。 「私は散歩ですが、あなたは?」  怪人は黙っている。 「いまはお祈りの時間ですよね、その……あまり戒律を守ってらっしゃらない?」  かたわらのちいさなテーブルに積んである書物の山、その向こうから、怪人は陶器の茶器ひとそろいと水差しを取り出した。 「飲んで適当に時間を潰しているといい」 「あ、ありがとう……ございます」  トゥッツィリアのした質問にこたえず、怪人は一階に降りていった。  水差しをトゥッツィリアはのぞく。水にしてはうっすら色がついていて、揺らすともったりと動く。においを嗅ぐと、ほのかに甘い香りがする。  おそるおそる一口飲むと、それははちみつ水だった。強い甘みを感じ、あごに痺れるようなかすかな痛みが広がった。 「ああ」  ため息が出る。     
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