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壱
「始祖、始祖……っ」
山の木立を縫って遠くから声が聞こえてきた。
少女は遊んでいた手を止め、声のした方を振り返る。肩甲骨までを覆う長い黒髪が、動きに合わせて翻った。
まだ呼び声がしている。はっきり聞こえたその声は祖母のものだ。
「もう……『始祖』じゃないって何度も言っているのに……」
少女は頬を膨らませると、ぷいとそっぽを向く。
「……私は、カグヒメだってば」
ぼそりと呟いたその声を掻き消すように、祖母の呼び声が被さる。ここで遊んでいることを祖母は知っているはずだ。
きっと後で来るのだからと、カグヒメは一人遊びを続行することにする。
――そうだ。隠れて吃驚させても面白いかも。
何度言っても改めない祖母に、ちょっとした悪戯をしてやるのだ。
カグヒメは辺りを見回す。緑が茂る木の葉や草むらは、その先を化粧し始めていた。しかし、まだ落葉の季節ではないから、隠れる場所は沢山ある。
手頃な場所を見つけた時、ぎしりとカグヒメは動きを止めた。刺されるような視線と気配を背後から感じたからだ。
祖母ではない。それを証拠に、まだ遠くの方で祖母が自分を呼んでいる。
――誰だろう。全然気がつかなかった。
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