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「湯川さん。どう? まだ痛みますか?」  二人がさらにおれに詰め寄ろうとする姿勢をみせたところで、看護師が入って来たので二人は急に相好をくずした。二人とも外面だけはいいのだ。看護師は点滴の具合を確認し、ベッドの脇の数字が点滅している機器をいじくっている。二人の攻撃の手が緩んだその隙目を閉じてゆっくりと痛む頭をめぐらせる。だんだと記憶がよみがえってくる。その日の午後、おれはバイト先の携帯電話工場の控え室で転び、ロッカーに頭をぶつけて意識を失ったのだった。 「なんでやめたのよ。あんないい会社紹介してもらったのにもったいない」 「やめるならやめるで、なんで黙ってるんだよ。佐山さんに顔向けできないだろうが」 「工場でアルバイトって・・何のために大学まで出たの」 「ほんとうに、お前は人とのつながりってものをおろそかにするよな。紹介してもらっておいて、恩とか感じないのか?」  看護師が行ってしまうと、二人はおれへの攻撃を再開した。二人に好き放題責めたてられ、そのたびに頭が痛んだ。会社をやめて携帯電話工場でバイトを始めたことを、おれは母にも兄にも黙っていた。もちろん、いずれはばれることはわかっていたが、二人の反応を想像するととても言い出せなかった。つらいことは先送りにするのは昔からの癖だが、怪我をして病院送りの状態で責められるくらいなら、話しておけばよかったと真剣に後悔した。 「失礼しまーす」  聞き覚えのある声と同時にドアが開いた。工場の山本主任だった。真顔でも微笑んでいるような垂れ目に、ほんの少し気持ちがなごむ。作業着のままなので、残業の最中に抜け出して来てくれたのだろう。 「湯川くん、どう、具合は? 頭打ったって聞いて、びっくりしちゃったよ」  肉親が二人もいながら、怪我を案じることばをかけてくれたのは皮肉にも赤の他人の山本主任だけだった。 「いや、軽い脳震盪だけで、念のため今夜は入院しますが、命には別状は」 「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ほんとに何をやらせてもだめで」  母と兄は、答えようとするぼくを遮って山本主任にぺこぺこ頭を下げた。
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