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目の前に広がる炎の光景。誰かの叫び声、悲鳴。
私の大切なものは……あの日に全て燃えた。
今は何も無い土地。私はその前に立っている。
元々は、ここにあったのだ。あの日全焼した、私の住んでいた屋敷が。
家族は私以外全員助からなかった。私は外へ散歩に出かけていたので、怪我ひとつなかった。戻ってきたら、屋敷がオレンジ色に染まっていた。私は何も出来なかった。
あの日のように立ち尽くしていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「── もう、いいだろう」
「……」
私は何も言わずに振り返った。私よりもかなり身長の高い男性だ。尖った八重歯が口から覗いた。
「帰ろう」
そのまま私の返事を聞かずに歩き出してしまった。私は何も言わずに、その後ろを付いていく。
彼は、私の救世主だ。
──たとえ彼が『食人鬼』だろうと
私を救ってくれたことに間違いはない。
だから、私はいつか彼に食べられる。
それが約束で一緒にいるのだ。
それが私を助けた恩返しにできる。
今日は家族の命日ということで、最初で最後の墓参りに来た。彼が許してくれたから、家族が好きだった花を全て集めて花束にしてあの場所に置いた。
彼に食べられるのが、いつかは分からない。
数秒後かも、数年後かもしれない。
彼は、私を拾って数年たった今も私を生かしている。何故かは分からないし、聞こうとも思わない。それが暗黙のルールだと、私は悟った。
スパッと先に首を切られるのか、部位ごとじわじわ傷つけられて食べられるのか……どう殺されて食べられるのかすら分からない。
だけど、私はそれに何の不安も恐怖も感じない。
私は、あの日から死んだも同然なのだから。
オレンジ色に染まった電車の窓から外を見た。
もうあの日のような炎の幻覚は見えない。
ガラス越しの、アニメとかではありきたりな景色で、でも私にとっては大切な景色にそっと別れを告げて、電車は暗いトンネルへと入っていった。
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