雨と犬と私

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 だんだんと陽が落ちて、周りの景色も暗くなっていった。  じわじわ、もやもやと大きくなっていた灰色の雲はいつの間にか黒く空全面に広がり、そのまま私に覆いかぶさりそうな重みがあった。これはきっと、お母さんの心の中だ。ずしりと重たくて、逃げたくても逃げられないお母さんの怒りが、あの雲なんだ。  そんなことを考えていたら、ボトン、と大きな粒が額に落ちた。  ――雨だ。  そう思っている間にも、ボトン、ボトンと大きな粒は額や鼻、頬に落ちてくる。見慣れた街並みはモザイクがかかったようにぼやけて、濡れたアスファルトが焦げ臭いような腐った土のような匂いを放つ頃には、前髪が濡れて束状になっていた。  ――傘をささなきゃ。  持っていた傘のボタンに手を添える。けど、フと思い留まった。  ――雨に濡れて、風邪をひいたら、お母さんは心配してくれるのかな。  私は広げようとした傘をそのまま右手に持って、再び歩き出した。  そうだ。雨がよく当たる、広い所に行こう。できれば誰もいなくて、世話焼きのおばさんに家に帰るよう注意されないような場所。  小さな頃から住んでいたこの街を、頭の中で地図にして描いてみる。あんまり遠くへ行くと疲れてしまうから、家からと学校の間くらいで、雨の日は人があまりいない所――そうだ!公園だ!  私はそれを思いついた瞬間、自分はなんて天才なんだろう!と目を輝かせた。雨が降ればもちろん人はいなくなるし、けど子供がずっとそこにいても不思議に思われない。それに、もしも、もしもお母さんが探しに来たとしても、小さい頃からよく遊んでいたあの公園なら、お母さんだってすぐに思いついて来てくれるかもしれない。  ニヤニヤしたい口元をぎゅっと抑えて、表情が見られないように洋服の袖で顔を隠しながら、私は公園へ向かった。  雨で濡れてべちゃべちゃになった靴も、お風呂上りみたいに絡まる髪も、気にならなかった。私は公園へ走った。
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