雨と犬と私

7/9
前へ
/9ページ
次へ
 あの時の私も、この公園の木々のような、柔らかい匂いだった気がする。  その柔らかくて泥だらけの私を、お母さんはいつもふわふわした温かいタオルでくるんで、すぐお風呂場へ連れて行ってくれた。  あの時のお母さんは、いつも石鹸の匂いがして、私がどれだけ汚くなっても、すぐにきれいにしてくれていたことを思い出した。 「お母さん、遅いな…」  ぽつりと吐いたその言葉に、私が一番驚いた。  何を言ったの、今?  ――帰りたいの? 「ううん、帰らない」  ――どうして? 「だって、お母さんは私にひどいことをしたから」  ――何をしたの? 「私の大切なものを、勝手に捨てたのよ」  ――どうして? 「どうして?」  ――大切なものを、どうして捨てたの? 「わからないわ。ゴミと間違えたんじゃないかしら」  ――どうして? 「それは、たぶん…机の引き出しじゃなくて、じゅうたんの上に置きっぱなしだったからかしら」  ――じゅうたんの上にあるものは、ゴミなの? 「たまに、洋服も置いてあるわ」  ――洋服は、捨てないの? 「洋服は、洗濯をするのよ」  ――洗濯をしないものは、いつもどうしているの? 「お母さんが掃除機をかけて、ゴミにして捨てちゃうの」  ――どうして、掃除機をかけるの? 「部屋が汚くなるからよ」  ――どうして、汚くなるの? 「それは…私が、あまり、掃除をしないから…」  ――お母さんが、代わりにきれいにしてくれているの? 「そうよ。お母さんはいつも、私を…きれいにしてくれるの。部屋も、服も、私の体も髪も…。元気だねぇって、笑いながら、いつもきれいにしてくれていたの」  そうよ。きっと、今汚れてしまった服も靴も、お母さんは、おうちへ帰ったら、きれいにしてくれる。  だから私は、安心してここに来れたの…。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加