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何の脈絡もなければ前触れもない唐突なその言葉に、感傷に浸り虚空に溶け込んでいたかの様なぼくの意識が、発言者である彼女――青葉夜琥へと向けられる
「今年のトレンドは何でしょう?」夜琥はぼくを試すような、どこか意地悪な視線を向けて云った。
「え? えっと……なんだろう……」ぼくは答えられなかった。
おそらく先程の夜琥の独り言のことだろうとは分かったのだが、脊髄反射での復唱が仇になった。
「やっぱり聞いてなかったあ」夜琥の言葉に怒気はない。むしろどこか穏やかですらある。
「ハハ……よくお分かりで……」
ぼくはいつもの様に申し訳程度の反省の色を浮かべ、苦笑いで濁した。
――こんなやり取りをもうすでに何度繰り返してきたのかな。
もちろん、そのたびに夜琥の指摘を受けるものの、彼女も怒りや不満と云った感情から指摘をしている訳ではないということは、ぼくにも分かっていた。これは一つのぼくたちの様式美なのだ。そして、恐らく夜琥の次の言葉は――
「千明が何を考えていたか、当ててあげようか?」
ぼくの予想した通りの言葉を――視線は未だに意地悪な含みを持ちつつ、やや勝気のある語勢で夜琥は云った。こういう時の夜琥は高い確率でぼくの内心を当ててくることも知っているのだが――
「なら、当ててみてよ」ぼくは白々しくも、これもまたいつもの様に返答する。
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