第1章

5/7
前へ
/7ページ
次へ
 手につかんだのはキッチンタイマーだ。なんでこんなものがと思いつつ、音を止める。 「すんませんでしたー」 「なんだ? キッチンタイマー? 誰のかわからんが、ちゃんと返してやれよ。キッチンタイマーがない! って、困ってるお母さんがいるぞー」  誰のだよと内心、舌打ちする。正直、チョコをくれた子を全員知っているわけじゃない。返すのが面倒くさいというのと、授業中に鳴らしやがってという怒りが湧き上がる。 「わかりました。これ、菅さんのじゃない?」  玲央が声をかけると、菅はびくりと肩を震わせて首を振る。なんでそんなにびくつく必要があるんだ。こういうタイプはイラつく。けどそれを顔に出さないのがイケメンだ。 「だって、菅さんに借りたバッグだよ?」 「違……私、は」  蚊の鳴くような声を出した後、菅はうつむく。言いたいことがあるなら言えばいいのに。 「菅さんに無理言って借りたのは俺だけど、硬い物は入ってなかったよ」  思わぬところから援軍が入る。この声は椎名だ。 「家でラッピングしているときに、誰かが誤って一緒に入れちゃったんじゃない?」 「多分そうだろ。玲央、ちゃんと返して」  駒井の発言を遮るようにピピッと電子音が鳴る。手元のキッチンタイマーは止まっている。再び、教室内の視線がロッカー――正しくは玲央がもらったチョコの山――に対し向けられる。  ばれないよう小さく舌打ちしてから、玲央は再びエコバッグを漁る。なんで授業中に二度も鳴るんだ。嫌がらせか。  エコバッグを漁るがきれいなラッピングが出て来るばかりで、音が鳴るものは出てこない。 「どれだよ!」 「全部出せ!」  駒井の指示に従い、エコバッグの中身をロッカーの上にぶちまける。ビニール袋や紙袋に入っている中身を見ても、あるのは綺麗にラッピングされたチョコばかりだ。 「ない!」 「あるだろ!」  駒井の一喝で電子音がぴたりと止む。 「……授業再開するぞ」  駒井がやや疲れた声で告げ、玲央はチョコをエコバッグに掻きいれると駒井より疲れた様子で席に着く。おかしくなった教室の空気を肌で感じる。こういうときに限って駒井の小ネタも出ず、三枝も大人しくしている。  居心地が悪く、早く授業が終わらないだろうと時計を見れば残り時間は十分もある。隣の席の子にばれないようため息を吐き、ノートを取っているふりをする。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加