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初めて笑顔を見せた殺し屋は
その時ばかりは「殺し屋」なんて呼べるわけもなく
只の、ひとりの「娘」だった
どこにでもいるような
花盛りの女の子
そんな
彼女の笑みを瞳いっぱいに映した少年
途端
彼の中で何かの糸が切れた
それは
一瞬の出来事で
殺し屋の表情からは、さっと笑顔が引いていた
「…っ」
ちゅ
触れた柔らかい感触は
殺し屋の唇から
僅かな吐息交じりに、生暖かい感触が広がっていく
呼吸が止まった
序(つい)でに思考も
柔らかい唇の感触と
眼前にある少年の顔と
鼻をくすぐる化粧の香り
じわりじわり
微弱な電流が体を巡り
頭の奥が毒に侵されるように痺れていく
そうこうする間に
少年の唇はゆっくりと離れていった
「…ふふ」
瞳に映った少年は
どこか満足そうに、殺し屋に微笑む
瞬間
殺し屋の体が、かっと熱くなった
全身から火が吹き出しそうなくらいに
顔を真っ赤に染めた殺し屋
「…っな、なんで」
「だって、おねえさんが『わたしに出来ること』って言ったから」
「だ、だからって…」
「嫌、でした?」
くすくす
少年が悪戯っぽく尋ねる
そんな彼に、殺し屋は口をぱくぱくと動かして
蚊の鳴くような声でもって、ぽつりと馬鹿正直に返した
「…い、嫌では、なかった…けど」
赤面した顔で
少年から視線を逸らした殺し屋は
全く、どうしてこんなにも愛らしいのか
…まずいな
このままでは
少年の歯止めが効かなくなる
「さぁ、おねえさん」
少年が立ち上がる
その背に、三日月の光を浴びて
「帰りましょう」
差し出された手を、殺し屋はゆっくりと取った
蒼白い月光に包まれた少年は
それはそれは美しく
まるで月から降りてきた天使のようで
殺し屋が瞳に映したものの中で
最も美しくその記憶に残った
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