82人が本棚に入れています
本棚に追加
三日月の月光が町を照らし出す
ぱらぱら
酒場の客たちが家路につく頃
ただひとり
酒場帰りだと言うのにも関わらず
一切酒の臭いを纏わない客の姿が
銀縁の丸眼鏡が天上の月を仰ぎながら
男は一息
「…ふむ」
何かを考えるように瞳を細めた
それからしばらくしてから、人通りの少なくなった大通りを歩く
かつん、かつん
男の革靴が通りに反響する
「…さて、如何したものか」
宵闇に、彼の独り言が流れた
「…カナリアの様子をと来てみれば。はてさて、何故あのような舞台に立っているのか。教会を逃げ出してまで、何故あのカナリアは俗人相手に醜態を晒しているのか」
ぼそぼそ
呟く男の足が止まった
「…否」
ぴたり
足を止めた男の胸元で何かが光る
「…逃げ出したのではなく、攫われたのか」
蒼白い月光を浴びたそれを、男は静かに握った
「愚かな俗人の手によりあの舞台に立たされているのであれば。なるほど」
ざわり、ざわり
潮風がざわめく
「…なれば、その愚か者より救ってやらねばなるまいな」
光る十字架
男の手に握られたそれは
銀色と言うには余りにも錆びついていて
まるで数多の罪人の血を浴びてきたが如く
宵闇に鈍い光を放っていた
最初のコメントを投稿しよう!