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「ミア、これ、あげる!」
無邪気な笑顔を浮かべ、彼は隣席から一輪の真っ赤なバラを差し出してきた。
朝のホームルームが始まる寸前の教室、あちこちで話をしていたクラスメイトたちが一斉に私を見る。興奮、好奇心、あるいは驚きに満ちた目で。
「どうぞ?」
石より硬く固まっている私の鼻先に、彼―――ジーノ・マルティーニはバラをずい、と押し出してきた。たまらず椅子から立ち上がる。
「な、なに…?」
「バレンタイン! スキな人に、あげる!」
ええっ、きゃあ、と声が飛んで来る。一瞬の内に教室全体が膨らんで、しぼんだ気がした。
みんなの視線を私なんかが集めているのがつらい。今すぐここからいなくなりたい!
「ミア!」
たまらず廊下に転がり出る。行く当てもなく走っていたら、足は毎日部活で使っている調理実習室に私を運んだ。
1限から利用するクラスがないのか真っ暗だ。でも電気を点ける気になれず、近くの椅子に呆然と腰を落ち着けた。
私は化粧をしないし、スカートの丈は長いし、髪も爪もちゃんと手入れしていない。アニメと料理が好きな、典型的な冴えない女子。苗字が慎本でオタクだから、みんなに「オタマ」と呼ばれてイジられている。
そんな「地味ジョ」筆頭格の私が、なぜバレンタインにバラなんてもらいそうになったのか。しかも、あのジーノから。
彼は1月にイタリアから転校してきた男の子だ。もうすぐ高2になる時期に転校生が来るというだけでも驚きなのに、外国人と判明した時は学年全体が大騒ぎだった。
しかも王子様みたいなスラッとした体に整った顔、さらに言動がチャーミングときた。たどたどしい日本語で誰とでも必死に話そうとする姿に、1週間と経たずクラス全員ノックアウト。
そんな人気者に私なんかが「好き」と言われるなんて。1ヶ月半前、彼が転入してきた時は夢にも思わなかった。
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