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あくる日の博士とほむ
「バレンタインデー?」
「はい。博士の故郷のお祭り、ですよね?」
自室で調合素材とにらめっこしていたら両手でお盆を抱えたほむ子がやってきた。手にはミトン。腰にはエプロン。
私の、元の世界でのイベント、バレンタインデー。
むろんこの世界でその行事を知っているのは私だけ。ただでさえ右も左も分からないこのホムンクルスには知りようもない話のはず。
ん? ホムンクルスが何だか分からない? 私が作った人造人間ちゃんよ。本筋から外れるし多くは説明しないけど……まあ造る時に私の細胞やらなんやら使ってるし、遺伝子的には私の娘……妹? みたいなものかしらね?
で、なんだってそのほむ子が、バレンタインなんて言い出したのかしら?
「今日が、その日だと、聞きました」
「あー……あー?」
言われてみれば、いつかそんなことを言った日もあったかもしれない。
きっかけは何だったか。大した流れじゃなかったはずだ。時期が近いということもなく、季節も夏だったような気がする。
「雪花の月の十四日……うん、なるほど、確かにバレンタインデーと呼ぶならこの日ね」
「はい。確か、ちゃこらーと、を送る日だとか。なので、作りました」
「チョコレート、ね。なるほど、そうかー……バレンタインかー……」
そのイベントに対する感情は、何もない。あの世界での私は、イベント事やクラス行事とかも苦手で、クラスで一人、ずっと本だけを読んで過ごし、友達も誰もいない学校生活だった。それで気楽だったし、一人が心地よかった。
そんな私に、意中の相手や友達にチョコを送る日というのがいかに無縁なイベントか。いえ、別にバレンタインを嫌っているわけじゃないないわ。確かに浮足立ってる男子とかリア充ども見てるとイラっと来たこともあるけど、ええ、それは当然の感情であって特別このイベントに向けた感情でもないし、羨ましさや妬みといった感情とは違う単純な快・不快の問題で別に楽しそうとか別に全然、別に? 思ったことないもん。
――こほん。そんな訳でバレンタインに思うことなど一切ない私だった訳だけど……
まさかこんな遠く、こんなにもかけ離れた異世界に来て、バレンタインチョコをもらうなんてね。
ちょっとほほが緩む。早速、ほむ子のくれる、チョコの乗ったお盆に目を落とし――
「……うん?」
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