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翌日、小さなブーケを手に、病室へ訪問したリョウ。
「アヤ、具合はどう?」
「……」
眉間にしわを寄せ明らかに不快な表情を浮かべたアヤは、返事もせずまたテレビに視線を戻した。
「何か食べたいものとかない?カップ麺とかいらん?あ、これ、生けとくね」
リョウが全ての用を済ませて帰るまで、アヤは一言も発さなかったし、リョウを見ることもなかった。
得体の知れない人物が、やけに馴れ馴れしくグイグイ来るのが怖かったのだ。
「佐倉さん。少し、脳機能の方でリハビリが必要になったので、今日から一緒に頑張っていきましょうね」
翌日になるとリハビリ担当医がやってきて、アヤにこんなことを言った。
「脳の…?記憶喪失とかそんなやつですか?」
「んーまあ、検査結果が出るまではあんまりはっきりしたことは言えないんだけどね」
「必要ありません」
医師はギョッとした。
「どうして?」
「だって、僕は名前も住所も、生年月日も学歴も勤務先も全部覚えてる。失った記憶なんか何もない」
「記憶以外にもいろいろあるんだよ、気力がわかないとか言葉が出てきにくいとか」
「とにかく、検査結果が出ないとわからないなら、リハビリだって結果が出てから始めるのが筋では?」
そう、アヤの記憶がないのは、リョウに関することのみ。
他のことは完全に憶えているのだった。
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