2章 体育祭編

14/14
591人が本棚に入れています
本棚に追加
/53ページ
 重たい俺の気持ちとは裏腹に、体育祭当日、見事なまでの快晴である。清々しいまでに雲一つ無い青空が広がっているからか、少しは気分もマシになる。こうまで晴れていると熱中症の危険が高まるので、保健委員としては皆に気を付けてほしいところだが。 「え~、本日はお日柄も良く」  無駄に顔の良い学園長の話をぼーっと聞き流しつつ、怪我も揉め事もありませんようにと心の中でそっと祈った。 「午前中はシフトまで暇な感じ?」 「おう、ここら辺で応援してるよ」 「了解、じゃあ行ってくる」  400 mリレーという花形競技を、当たり前のように担当することになった逢坂が軽快な足取りで去って行った。  これと言って特にやることもない俺は、近くにいたクラスメイトと中身の無い会話をしつつ同じ団の選手を応援する。誰かの親衛隊と思わしき軍団が精いっぱい応援しているのを見て、本当にここは男子校だよな? と疑いたくなった。 「お、逢坂の出番じゃね?」 「本当だ。可愛く応援してやらないとな」  バスケ部とバレー部の全くもって可愛い要素が無い男たちが、黄色い声をどうにか出そうと喉のチューニングを始める。 「逢坂ファンに睨まれるぞー」 「やだぁ、こわ~い」  大して心配もしてないが一応忠告をすると、身をくねらせながらカスカスの作り声でそう答えるので、強めにブーイングを入れておいた。 「うるせぇぞ北見―!」 「そうだそうだ! どう考えたって逢坂ファンの一番の敵はお前だろ!」 「俺は被害者だぞ! もう少しいたわれよ!」  ただ仲良くしているだけで、邪魔だの不相応だの言われるこちらの身にもなってほしい。こちらだって好きで敵になっているわけではないのだ。 「俺らがどんだけお前の尻拭いしてやったと思ってんだ!」 「忘れたとは言わせねぇぞ!」 「ほいほいトラブル呼び込んできやがって!」 「それはごめん!」  トラブルを持ち込んだ自覚も、迷惑をかけた自覚もあるのでそこは素直に謝っておく。何だかんだ言いつつ良い友人たちなのである。 「逢坂スタートするぞ!」  そんな誰かの声に、クラスのみんなが一斉にグラウンドを見る。丁度バトンを受け取った逢坂が走り出したところだった。綺麗なフォームでコースを駆けて行く。  俺たちがワーキャー行っている間に、次の走者へとすぐにバトンは手渡される。一仕事終えたぜ……という雰囲気を醸し出しつつ、俺は恐らく皆が思っているであろうことをぼそりと呟いた。 「足……速くね?」  しかも走っている姿までちゃんと恰好良いというオプション付きだ。 「……畜生! これだからイケメンは!」  俺の言葉を皮切りに次々とクラスメイトが嘆きだす。親衛隊がいるようなタイプのやつらは嘆いていなかったのを俺は見逃していないからな。  逢坂の運動神経が良いのは知っていたけれど、まさか足があそこまで速いとは思っていなかった。知らない方が良かったかもしれない。  嘆きの声が広がっている間に、戻って来た逢坂が俺たちの様子を見て不思議そうな顔をする。 「何かあった?」 「お前が原因だよ! このイケメン!」 「察したから、その話ここでおしまいにしてくれない?」  うんざりした様子で、ダル絡みしてくるクラスメイトをしっしっと手で払った。少し疲れたようにも見えるから、待機時間にファンたちに囲まれでもしたのかもしれない。 「とにかくお疲れ、カッコ良かったよ」 「……ありがと」  お世辞ではなく活躍していた逢坂に労いの言葉をかけると、少し目を見開いてから嬉しそうにお礼を言われる。タオルで汗を拭う姿まで様になっていて、何かこいつだけエフェクトかかってね? と思いながら手に持ったタオルで仰いでやった。 「相変わらずイチャイチャしちゃって~」 「おい、誰だ今言ったやつ! 声的に高橋だろ!」  群衆の中からしれっとかけられた声に反応すると図星だったのか、名前を呼ばれた高橋が「やべっ」と言ってその場から離れる。 「ったく……俺そろそろシフトだから行くな」 「うん、気を付けて」  日差しを避けながら救護所へ向かうと、すでに渚くんがいるのが見えた。小走りでテントの下へと入る。どうやらけが人などは今のところ出ていなさそうだ。 「北見です。よろしくね」 「渚です。よろしくお願いします」  相変わらず整った顔だ……と思いつつ、その挨拶を最後に俺と渚くんの間には沈黙が流れる。パイプ椅子に腰かけて、特に何をするでもなくぼーっと競技を眺める。時折、通り過ぎる友人に声をかけてかけられて、と過ごしていればあっという間に10分が経過していた。  渚くんは渚くんで、友人や取り巻きっぽい子にちょくちょく絡まれてはいたけれど、全体的に程よい距離感を保っている。姫川先輩が保健委員はほぼ渚くん狙い、なんて言っていたから警戒していたけど思っていたよりも平和そうで何よりだ。 「北見先輩……って」 「ん? 俺がどうかした?」  これまで沈黙を貫いていた渚くんが口を開いた。黒いのに透き通って見える瞳がこちらを向く。 「逢坂先輩と同室なんですよね」 「うん、知り合いなんでしょ? 逢坂から聞いたよ」 「な、何て言ってました? 俺のこと」  うーん、わかりやすい。さすがの俺でも、この会話だけで真実に達せただろうなと思うくらいにはわかりやすい。目が子供みたいにキラッキラしてる。 「良い子だって言ってたよ」 「そうですか。良い子……」  伝えた言葉を噛みしめるように復唱している姿は中々にいじらしい。とはいえ逢坂に応える気がないことを知っている俺からすると、かなり苦しいものがある。 「俺、好きなんです。逢坂先輩のこと」  なんてことはない日常会話の1つを交わすようなテンションでさらりと告げられた言葉に、思考が数秒停止した。  え、言っちゃうの? 初対面の俺に? 「俺、それ、聞いていいやつ?」 「逢坂先輩と仲が良いなら、悪い人ではないと思うので」  しれっとした顔で言われて、繊細な見た目の割には豪胆な性格なのかもしれないと思い始めた。むしろ、本人から言われるとは思っていなかった俺の方が焦りまくっている。 「そっ、そっか。それは、その、なんていうか、えっと……頑張って?」 「脈なし前提みたいな言い方やめてもらえます?」 「え!?いや、別にそんなつもりは……あったわ。うーん…………頑張れ!」  どうにも言葉が思いつかず、同じ言葉をもう一度かけると露骨に呆れた顔を向けられる。  あ、多分だけど渚くんの中で俺は適当に接しても問題無い人にランク付けされたな。  この場合の適当、というのは嫌な意味ではなく心のうちをある程度明け透けにしても問題ないとみなしてくれた、ということだ。こんな環境で過ごしているからか、相手の心の壁が少しずつ剥がれていくのを察するのが上手くなってきた気がする。話しやすいと思ってくれるのに越したことは無い。 「何でこんな人が逢坂先輩と同室なんだ……」 「意外と頭良いんだよ俺。意外とね」
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!