1章

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「結太そろそろ食堂行かない?」 「ん? ああ、もうそんな時間か」 逢坂の言葉で壁時計を見るとそろそろ七時になるところだった。ソファから立ち上がった逢坂が自分の部屋のドアを開けて入る。きっと、学生証を取りに行ったのだろう。 この学校の学生証はICカードのようになっていて、学校内であればどこでも使えるので現金を持ち歩く必要がないのだ。便利ではあるけれど、現金よりも金を使っているという感覚が薄れがちなのが怖い。 ただでさえ周りの金持ちの奴らとは金銭感覚が合わないから、買い物をするときは最大限の注意を払うようにしている。お小遣いは有限なのだ。 「あー、腹減った。今日は何食うつもり?」 「そうだなー、ちょっと今日は冷えるからラーメンとか食べたくなるけど、どうしよう……?」 「ラーメンか、良いなそれ。うわ、どうしようめっちゃラーメン食いたくなってきた」 四月下旬とはいえまだ少し肌寒いこの季節。食堂のラーメンの美味しさを思い出して、腹が切なげな音をたてた。 エレベーターに乗り込んで食堂に着くのを今か今かと待つ。食堂は各棟の二階に位置している。ちなみに一階は、エントランス兼おしゃれなロビーのようなくつろぎ空間だ。 「本当、食堂が学年別で良かったよな。カフェテリアはもうしょうがないとして」 「うん、さすがに朝も夜もあれやられたら耐えられる自信がないよ」 あれ、とは逢坂のファンからの黄色い声だ。こいつは後輩にファンが多いので食堂ではあまり騒がれることはないのだが、昼食をとるカフェテリアは全学年が共有しているので毎日毎日、熱のこもった視線とコソコソと聞こえる陶酔しきった声がすごいのなんの。 俺は逢坂の隣にいるってだけで嫉妬されて勝手に恨まれるので、一般生徒の割にはそういった被害に慣れつつある。 この間も、すれ違いさまに「調子に乗るな」って言われたりとか明らかに怪しい気配のするラブレターがロッカーに入れられたりしてたし、実害を伴うタイプのガチ恋勢厄介すぎでは? いや、というかここ本当に男子校か? ……本人の逢坂よりは絶対にましだとは言えるけれども。 「ま、もう少しすればマシになるだろ。頑張れよ、王子様(笑)」 「語尾の笑い隠しきれてないから」 王子様、という逢坂のあだ名(本人は心底嫌がっている)を呼ぶと思いっきり睨まれた。 こいつも、こういう顔してたらプライドの高い王族って感じがして……ってダメだ。 どんな顔してもこいつの顔が甘い王子様フェイスなことに変わりはないんだった。……ちくしょうイケメンはこれだから。 「いっそのこと、男もありって割りきっちまえば楽なんだろーけど……俺は無理だな」 「……否定しないけれど、理解できるわけではないって感じ?」 「そう、それ。人の恋愛に口出すつもりは無いけど、やっぱり男に手を出したい出されたいとは思わないんだよな」 そこまで話したところで、二階に止まったエレベーターから降りる。食堂にはもうすでに多数の生徒が集まっていて、ガヤガヤと賑わっているのがよく見えた。
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