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『廻』
眠りに落ちている中で、ふと、廻は自分の名前を呼ばれた事に気付いた。その低い声音は、まるで愛しい人の名前を呼ぶかの様に優しくて、ひどく懐かしい気持ちにさせた。知っている様で、知らない様で、声の主が誰なのかは思い出せない。廻は、その声に誘われる様に、意識を覚醒させた。
「……えっ?」
ゆっくりと目を開けた瞬間、廻の視界に入って来たのは、たくさんの木々が生い茂っている森の中だった。生暖かい風が吹いて、廻の頬を撫でる。恐る恐る見上げると、満月が浮かぶ夜空が見えた。満月の冷たい光が、廻の姿を照らし出していた。けれど、その光が薄暗く何処か不気味に感じた。
「ここは……、何処……?」
自分の格好を確認すると、寝間着を着込んでいるだけで持ち物は何も無かった。目を瞬かせても、自分の頬を抓っても、夢では無く現実である事を実感した。
確かに廻は、バスから降りて祖父母の家に着いて、仏壇にお参りをしてから、いろいろと済ませてから眠りに着いたはずだった。祖父母の家で眠りに着いたはずなのに、一体どうして森の中にいるのだろうか。真夜中に、森の中で一人だけでいるという状況が、怖くなり身体を震え上がらせる。自分で自分の身体を抱きしめる様にして、このまま突っ立っていても仕方が無いと思い、足を一歩踏み出したのだった。
満月の光が照らしてくれるおかげで、歩く事に支障は無かったが心許なかった。辺りは不気味なくらいに静まり返っていて、梟の鳴き声すらも聞こえない。一刻も早く暗い森の中から抜け出したくて、廻の足は自然と早足になった。
急いで、急いで、急いで。
まるで、何かに追われている様な強迫観念を持ちながら、自然と廻の呼吸は荒くなってしまう。もともと、怖いものが苦手な廻にとって、今の状況は不安になるばかりだ。
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