1花

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 祖父母の家に早く帰りたいと強く願いながら、歩き続けていると森の中で開けた場所に出た。けれど、先ほどの森と違って、辺り一面に棘のついた茨の植物が生え渡り、不気味に張り巡らされていた。 「何で、茨が……?」  廻は首を傾げながらも、茨の棘に気を付けながら足を進めた。すると、茨に覆われた先で何か見えた。目を凝らしてよくよく見てみると、それは小さな社だった。茨の植物で覆われた古びた木製で出来た小さな社。 (あっ……)  その社を見た瞬間、廻は幼い頃に聞いた祖母の話を思い出した。 『決して、小さな社には近付いてはいけない、小さな社の中には【花喰い鬼】が封印されているから』  廻が今いる場所は、鬼が封印された森の中にいるのだと気付いてしまった。その瞬間、小さな社が突然、強く閃光を放った。眩しさのあまり思わず目を瞑る。強い風が吹き荒れたかと思うと、その風にのって仄かに薔薇の匂いが香った。 「廻」  眠りに落ちていた時に呼ばれた同じ低い声音が、耳に入る。恐る恐る廻は目を開けると、小さな社の前には青年が悠然と立っていた。艶やかな黒髪に、切れ長の血の様に紅い色の瞳。恐ろしいほどに端正な顔立ちで、雪の様に真っ白な着流しを着込んでいた。けれど、人間には似つかわしくない鋭い爪と、頭の上には二本の角が生えていた。突然、現れた異形の存在に、廻の身体は恐怖から震えあがった。目の前に立っているのは、【花喰い鬼】なのだろうと、廻は確信してしまった。 「……ああ、この時をどれほど待ちわびた事か」  花喰い鬼は、三日月の様に口角を上げる。その笑みは美しくも妖しく魅せて、廻はどきりと心臓の鼓動が脈打つのを感じた。けれど、ここにいては危ないと本能が警鐘を鳴らす。廻は後退りをして逃げ出そうとした時だった。 「逃がさんぞ」
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