二章/その夜

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プリザーブドフラワーらしきその青い花は、棘を全て切り落とした気の利いた物だ。快活な紺碧が薄明かりを浴びて、みずみずしく艶美な面持ちを見せる。一見して値の張るものだと分かるが、それが何故私の家のベランダに存在しているのか理解出来なかった。 「……いたずら?」 にしては、著しく手が込んでいる。更に言えば目的も不明瞭で、手がかりのメッセージカードの言葉も一方的だ。人生を盗むなんて、詩的すぎて絵空事にしか感じない。私の人生なんて、アスファルトの上で事切れる寸前のミミズよりろくでもないのに。 「俺は青い小鳥が欲しいんだ」 ふと聞き覚えのある声が後方からして、反射的に部屋の方へ振り返る。黒いスーツとマント、胸元に青い薔薇を飾った男性の姿があった。いわゆる不審者というものだろうに、声色に敵意を感じない為か恐怖感はない。 月明かりが雲に覆われる気配がして、彼の見目を一際深い闇に隠す。もし私の持つ青薔薇とカードの贈り主が彼だというのなら、彼は怪盗ラメールなのだろう。だが不可解な事に、私は彼の雰囲気、声、出で立ちに既視感を覚えていた。宵闇で顔なんて見えていないというのに、どうしてもその出で立ちが『あの人』と重なる。 「言っただろ?今夜こそ、君は黒い白鳥に出会うだろうと」 「……先生、」 ハッとした。蕩けるような低音のアルトと、学校で潮田先生と交わした『黒い白鳥』の話。今ここで微笑みを浮かべる男性は、まさしく『彼』なのだと確信した。 「俺にはもう時間がない。警察も俺の周辺を嗅ぎつけ始めたようでな」 すまない、そう言って革靴で軽やかに歩む彼。警察、そう口の中でたどたどしく転がした言葉は、彼がまさに罪人である事を指している。私以外いなかったはずの部屋に、突如として現れた先生。その鮮やかな手腕に、潮田先生が怪盗ラメールの正体であると信じざるを得ない。彼は私の目の前に来ると、膝を折り手を差し伸べた。まるで一緒にきてくれと、夢の中に誘うようだ。おもむろに空の雲が寝返りをうって、柔らかな光が彼の顔を露にした。 ねぇ、どうして先生は、そんなに甘やかな目をしてくれるの。 「……先生」 「……どうした?」 「お母さんが家にいなかったのは、先生の手引き?」 「勿論。厳密に言えば、俺の部下が実働だが」 「……私を攫いに来たの?」
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